曹洞宗長谷寺の座禅会に行ってきました。

長谷寺 座禅のすすめパンフ表紙部 生活

はじめに

東京への引っ越しのキッカケの一つに、自分の人生での「つまずき」がありました。
その出来事以後、なんだか何時ももやもやした気分が晴れず、「集中できない」自分がいました。

今流行りのMindfullness(今、この瞬間に意識を集中すること)関連の書籍を読んでみたのです、日本の禅(座禅)の教えが原点にあることが分かりました。

そこで、東京ならばきっと敷居の低い初心者向け講座みたいなものがあるだろうと思って調べてみると ありました

いくつかありましたが、代表的な禅宗である「曹洞宗」と「臨済宗」のお寺がそれぞれ初心者向けの座禅会を開催しているではありませんか。

前者は予約不要であったので早速行ってきました。

曹洞宗 長谷寺 月曜座禅会へ行ってきました。

長谷寺はここです。

なんと、西麻布にあります。地方出身者には「お洒落で高級な街」の響きです。

参照;長谷寺HP

上記HPを参照すると、「月曜座禅会」が一般向けに開催されていることがわかります。

英語も併記されており、外国人も多く訪ねてくるのだろうなあと想像できます。初回は通訳同伴推奨となっていました。

  • 毎週月曜日 18:30~20:30 に開催。
  • 「初回」、「2-5回目」、「6回目以降」 の三コースに分かれて実施。
  • 予約不要 参加費100円 (+財布や鍵など貴重品を預けるコインロッカーに100円・・これは終了時に戻ってきます。)

初回でしたので、早めに出発。18時前には到着しました。

長谷寺 門の外

お寺の外からの様子が上記の写真です。都会の真ん中に大きな敷地です。

長谷寺 十一面観世音菩薩像

↑;少し時間がありましたので、正門を入ってすぐ右のお堂を除くと大きな立派な木製の菩薩像がありました。十一面観世音菩薩像 という名の像とのことです。合掌。

門から右奥に建物があり、玄関を入ると折り畳みの机の受付にお坊さんが座っておいでです。

挨拶ののち、「初めてなのですが。」と声をかけ参加料の100円をお支払い。

しばらくすると、おそらく「初回」講習の担当と思われる別の僧侶の方がやってきて簡単に説明をしてもらいました。

貴重品類(座禅を組む際に邪魔になりそうなスマートフォンや財布など)は玄関左手の小さなコインロッカーに預けることができました。

案内されて2階の和室(10畳ほど?)に通されました。少し到着が早かったので人は少なかったのですが、その後順次初回の方がやってきて結局その部屋には10人以上となりました。(男女別の部屋での待機となります。)外国の方も。

年代は20代~60代くらいまで幅広く参加されています。

スーツ姿の数名の方は、ここで動きやすい服装(ジャージなど)に着替えていました。

この間に、受付で頂いた座禅の組み方の基本的作法が解説された見開きのパンフレットを熟読。

座禅の勧め パンフレット表 座禅の勧め パンフレット裏

↑;頂いたパンフレット;お堂に入室してから退室するまでの作法が分かり易く記載されていました。

パンフレットを真似て胡座を組もうとしますが、片方の足を上げるのがやっと。

同じく同じ部屋の人々も、モゾモゾとぎこちなく練習していましたが皆初心者ですから、苦戦していました。

例の「眠そうにしていると、背中をバシーン!」のことは、正しくは「警策を受ける。」と言うようです。ゲゲっ、結構本格的だこれ・・若干不安に。

定刻になると僧侶の方が部屋の移動を案内してくれます。靴下や上着、手荷物は、この待合の部屋で脱いでおいていきます。

初回の講習では、本当の「座禅堂」にはまだ入れません。それに見立てた別室での講義、実践となります。

お若い修行僧の方とおもわれる僧侶より(禅のお寺では修行僧は雲水と呼ぶようです。)まずは、廊下を歩くときなどの基本姿勢の指導を受けます。ここで数名の女性陣とも合流です。

「叉手」といって、胸の前で両手を組んで歩きます。

また、正しい「合掌」の仕方もレクチャーされました。(指先は鼻の高さ。指先と鼻の間はこぶし一つ。)

以上を廊下で聞いて、ようやく入室。これにも作法があり、左足から踏み入れる決まりです。

入室したら合掌・一礼してそれぞれの位置につきました。

曹洞宗の座禅は「面壁」といって、壁側に向かって座りますので、部屋の壁側に沿ってぐるりと円を描くように位置取りしました。

「初回」の講習は、「講義」がメインでした。

下のような資料をいただいて講義を静かに聞きます。(もちろん、この間は足を崩しても問題なしです。)

座禅前の講習資料 長谷寺

これを順番に説明していただくので、結構な時間がかかります。

テクニカルなことは別として、自分が心に残ったのは

  • 一行三昧;一つの行いに集中すること
  • 座禅は習禅にあらず、安楽の法門なり;座禅をしたって「得」になることはないのですよ。座ることそのものが悟りそのものであり、手段ではないとの言葉。(と理解したのですが、凡人の自分にはなかなか理解しがたい・・。)
  • 心身一如;身体と心はひとつであるということ

等です。

さて、講義が一通り終了しいよいよ実際に座禅が始まります。

坐蒲という、座禅用の座布団(低い円筒のような形)に半跏趺坐(片方の足のみを反対側の太ももの上に置く)で座ります。(とても両足を載せるのは無理でした。)

体を左右にゆすりながらバランスをとり、両膝・お尻の三点で体を安定させます。

呼吸は 臍下丹田息(簡単に言うと腹式呼吸)をゆっくり行います。口は閉じて鼻呼吸です。

舌は上あごにつけ、奥歯を軽くかみしめます。

目は自然に開き、一メートル程度前の床を見ます。

これらの態勢が、整ったころに座禅の合図の鐘がなります。ここからスタート。

調身(体の位置をばっちり決めて)、調息(呼吸を整える)すると、自然に調心(心が整う)と指導者のお坊さんは仰ります。

が、やはり雑念が浮かんでは消え、連想ゲームのように色々考えてしまいます。

心意識の運転を停め」「念想観の測量を止める」との上記資料には書いてありますが、それがすぐできれば修行はいらないってことですからね・・・。

座禅の一回のセッションを「一炷」と呼び、御線香が一本燃え尽きる時間を指すとのことでした。(30-40分)

今回の初心者コースはそこまで長くはなく、10分程度が2回のセッションで終了です。

セッションの間には、足のしびれを取る意味も含めてゆっくり部屋を歩きました。 「経行(きんひん)」とよび 歩く座禅 なのだそうです。

幸い 警策(棒でバーン) を受けることもなく(志願して受けることもできますが)2回のセッションが終了しました。

全てを終え、とても無心になることはできませんでしたが、少し心が晴れたような気がしました。

座禅会を終えて外に出ると、すでに真っ暗になっていました。

座禅会を終えて

非日常的体験を都会の真ん中ですることができて新鮮な気持ちになりました。

外国の方も日本語ができる通訳の方らしき人と一緒に複数参加されており、関心の高さが表れています。

思ったほど、宗教色がなかったことが意外でした。

そう思った要因の一つには、おそらく「神・仏にすがって、お助けいただく。」という考えではなく、「自らの中の仏性に気づいてゆく。」という考え方にあるのかもと思いました。

座禅や瞑想の実利面を強調したのが昨今の「Mindfullness」であり、一定の科学的検証もなされているようです。

しかし、座禅、瞑想、Mindfullness等、その差異の検証は少なくとも今の自分にはあまり意味のないことかもしれないと感じました。

この一回の座禅で何か人生が変わるといったものではないですし、そもそも今回の講義でも「座禅をすることで何かを得られるわけではない。」とも説かれている通りとは思います。
それでも「何かに捕らわれ惑いまくっている現状」を少しでもいい方向へ向けてくれる可能性を少し感じたところです。

東京の 長谷寺 は修行僧(雲水)さんも多数在籍しているそうです。由緒と歴史のあるお寺だと思います。

座禅、ハードル高いと思っている方、この座禅会ならば比較的気軽に参加可能だと思いますよ。

チャンスがあれば2回目以降も参加してみます。

追記;

その後、臨済宗 東京禅センターの座禅会にも行ってきました。

臨済宗のお寺の座禅会に行ってきました。

に、記載しました。

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コメント

  1. […] 以前、曹洞宗 長谷寺 での初心者禅体験の様子を記事にしてみました。 […]

  2. […] 過去記事;「曹洞宗長谷寺の座禅会に行ってきました。」 […]